企業情報Company information
Mission
全ての人・企業の
可能性開花に貢献する
Vision
日本一社会課題を
PRで解決している企業になる

Value
同じ未来を夢見て
熱狂している
プロ集団であり続ける
LITA's Business
LITAの事業
About Us
会社情報会社名 | 株式会社LITA |
---|---|
本拠地 | 〒112-0004 東京都文京区後楽1-2-2 ココタイラビル8階 |
資本金 | 1,000万円 |
代表者 | 笹木 郁乃 |
取締役 | 早川 諒 |
執行役員 | 横見 竜也 |
事業内容 | PR代行事業、PR塾 |
設立 | 2017年2月 |
TEL | 03-5801-0777 |
Executive Members
役員紹介-
代表取締役CEO 笹木 郁乃
-
取締役COO 早川 諒
-
執行役員/PR代行事業部部長 横見 竜也
-
PR人材教育部部長/人事責任者 朝倉 紘香
-
PR推進事業部部長
スクール事業「PR塾」メイン・VIP講師 伊藤 誉英
History
沿革- 2016
- 独立
- PR代行事業サービス開始。PR塾サービス開始。
- 2017
- ikuno PR株式会社 設立
- 2019
- 会社名変更
- 利他の心を大切に、事業を拡大していく決心として株式会社LITAに変更
- 1冊目の書籍「0円PR」出版(3刷)
- PR戦略の新たなスタンダードとして業界や多くの読者から高い評価を獲得
- 2020
- 在宅PR塾スタート
-
事業拡大に伴い御茶ノ水オフィスへ移転
2冊目の書籍「SNS×メディアPR 100の法則」出版(5刷) - 2021
- OJT式PR塾スタート
- 2022
- さらなる事業拡大に伴い水道橋オフィスへ移転
- 2023
- 地域情報流通事業、公共ソリューション事業を手掛ける東証グロース市場
上場企業「株式会社フューチャーリンク」と地域活性を目指し業務提携 - 2024
- PR顧問数累計1600社突破
- PR代行事業拡大に伴い新卒採用開始
3冊目の書籍「説明の上手い人が「最初の1分」でしていること」出版(2刷) - 2025
- 4冊目のPR広報に関する商業出版を予定
- 第1期新卒14名入社(4月)
- 事業拡大によりオフィス拡大
ココタイラビル8階と5階の2フロアに増床(4月)
CEO Profile
代表紹介CEO History
来歴- 1983
- 宮城県仙台市出身
- 幼少期を仙台で過ごす。宮城県立泉館山高校出身。
- 2006
- 山形大学 工学部 機械システム工学科 首席で卒業
- トヨタ系自動車部品メーカー
「アイシン精機株式会社(現・株式会社アイシン)」に研究開発職として勤務 - 2009
- 寝具メーカー「株式会社エアウィーヴ」へ
一人目の正社員として転職 - 入社当時年商1億円が、5年で年商115億まで急成長した時代の
広報担当者として、多くのメディア露出を獲得し、売上に貢献 - 2015
- 愛知県に町工場がある調理器具メーカー
「愛知ドビー株式会社」へ転職 - 入社1年目で鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」を12ヶ月待ちの
人気商品へと押し上げ、PRの力で急成長に貢献 - 2016
- 独立
-
エアウィーヴ、バーミキュラの2社での経験を通じて
「PRが持つ力の可能性」に魅了される
「この力を1人でも、1社でも多くの人・企業に届けたい」と一念発起し独立を決意 - 2017
- 法人化
- さらに多くの人・企業の可能性開花に貢献したいという想いで法人化
Books Publication
書籍出版-
株式会社日経BP
『0円PR』
著者:笹木郁乃
-
株式会社日本能率協会マネジメントセンター
『お金をかけずに誰でもできる!SNS×メディアPR 100の法則』
著者:笹木郁乃
-
株式会社クロスメディア・パブリッシング
『説明の上手い人が「最初の1分」でしていること』
著者:笹木郁乃
Major Media Features
笹木郁乃 主要メディア掲載PR専門家連載
- ビジネス誌「週刊エコノミスト」にて『ゼロコストでPR SNS活用術』 全24回連載
- 地域経済紙「中部経済新聞」にて『すぐできるSNS活用術』 全50回連載
-
デイリースポーツWEBメディア「よろず~ニュース」にて面接テクニックなど 全4回連載
連載1回目│連載2回目│連載3回目│番外編最終回
人生ストーリー
経営者インタビュー
- ビジネスWEBメディア『BiZHiNT」にて組織論をテーマに『「雨が降っても自分のせい」で目が覚めた。フラットな組織は要らない。日本一を目指す社長が買く本気』掲載
- 「読売新聞」朝刊載コーナー『聴かせて』掲載
- 20代を応援するウェビナー『ニイゼロ★ウェビナー』対談番組「経営」出演
-
全国放送 TOKYO FM 『ONE MORNING』2週連続出演
8/6配信 | 8/13配信 - WEBメディア「社長の履歴書」掲載
LITA・笹木郁乃代表
今までの主な取材テーマ

- 売上を上げるPR戦略について・最新のPR市場動向
- 企業PRのよくあ広報PRが、今、なぜ必要か。どう活かすか。企業PRの成功とよくある失敗事例を交え。
- 現代に求められるSNSとPRの活用法とゼロからの攻略。
- 経営者としての笹木郁乃人生ストーリー
- 女性活躍 子育てしながら、夢を実現するマインドや仕事の考え方
- 話し方・PRの専門家が教える面接・プレゼン成功法
The Origin Story of LITA
LITA設立までのストーリー安定の大手企業研究職の道から
PRの世界へ
首席卒業もエンジニアとしての挫折
PRとの出会い
「アイシン精機株式会社」(現・株式会社アイシン)への入社が決まり、初めて東北を出て、愛知で働き始めました。しかし、入ってみると、周囲は優秀な人ばかり。社会に貢献すると意気込んでいた私は、大学の学びと実際の研究職に求められるスキルの差に愕然としました。自分にはエンジニアとしての才能がなかったのか…。人生の全てをこれにかける決意で入社したはずが、自分の不甲斐なさに落ち込み、「自分は、こんなに価値のない人間だったんだ」と大きな挫折を味わうことになりました。私は再び目標を見失ってしまいました。

そんなある日、たまたま入った本屋で、バレーボールの故横山友美佳選手の著書、「明日もまた生きていこう 十八歳でがん宣告を受けた私」(マガジンハウス発行)を手に取りました。やりたいことがあるのに、命が失われる、その無念さに涙がとまりませんでした。せっかく助かった命。今健康な自分が、このように落ち込んでいる場合ではない、と奮起しました。「エンジニアは自分の天職ではないかもしれないけれど、他にきっと私にも天職があるはず」と、理系人生は捨てることを決意。一念発起で転職活動を始めました。これが、人生の大きな転機であり、今に繋がる決断となりました。
やるからには、これまでの大企業のような大勢の中の一人になるのではなく、会社の成長に貢献できる小さな小さなベンチャー企業に光を灯したい。そして、人の役に立つことが実感できるような会社で働きたいと思いました。しかし、未経験の私は何社も転職活動に落ち続け、最後の最後に、ある立ち上げ直後の会社の面接を受けました。創業間もない株式会社エアウィーヴです。面接官として来られた高岡社長に、会社と製品について小一時間も熱く語っていただきました。また、そのマットレスが広がると世の中の睡眠の質が上がり人々が幸せになると確信し、入社を決意しました。私は初代社員として採用され、社長直下で、営業、PR、マーケティングと未経験な業種を幅広く担当することになりました。これが、PRとの思わぬ出会いとなりました。
ベンチャー企業での新たな挑戦
転職先のエアウィーヴで年商1億から
たった5年で115億円への急成長を経験
転職後、始めのうちはPRが好きというより、「社長の夢を叶えたい」、「会社を大きくしたい」という目標から、夢中で働き続けました。商品には自信があったのですが、無名のマットレスの良さを理解してもらうことは非常に難しくマットレスが1日に1枚売れるかどうかという状態。工場は暇を持て余し、スタッフは草むしりをする日々でした。

そんな日々の中で少しずつ企業努力が報われ始め、浅田真央さんなどの一流選手や一流旅館など、試してくださった方々から寝心地を評価いただき、採用に繋がるようになりました。また、PR活動では、電話帳を調べてメディアにも端から連絡していきました。無名の会社だったため、アポイントを取ることは簡単ではなく、直ぐに切られてしまうことも何度もありました。しかし、アタックを続けていると、遂にある時、地元愛知県のテレビ局で取材していただけることが決まりました。そして、待ちに待った放送直後には、番組を見た視聴者から問い合わせの電話が鳴りやまない状態になりました。
これらのPRで、メディア露出が増えたことも貢献し、入社時年商1億弱、従業員5名だったエアウィーヴは、5年後年商115億円以上、従業員400名へと急成長しました。小さな会社が「PR」の力で飛躍することを経験し、「PRというのは魔法なんだ、会社のみんなを幸せにすることができるんだ」という思いから、「PR」の魅力にすっかり取り憑かれるようになりました。
あの魔法のような
経験をもう一度 ・・・
「PRの道でもっと挑戦してみたい」と
決意した
2度目の転職
エアウィーヴが大きくなり、PR部門に後輩も育っていたので、再び小規模なベンチャー企業で挑戦する道を選びたいと思うようになりました。子供が1歳の時でしたが、愛知県の町工場、「バーミキュラ」という鋳物ホーロー鍋製造販売の愛知ドビー株式会社への転職を決めました。転職後はPR・マーケティング職として勤務し、まずは実績作りのためにシェフや料理研究家にアプローチしました。メディアに対しては、メディアごとに「刺さるポイント」を意識して資料を作り変え、また地道なアプローチを開始しました。

このようなPR活動により、メディア露出は増えていったのですが、なかなか売り上げには結びつきませんでした。それでもPRの種をこつこつと蒔き続け実績を増やし続けた結果、2週連続でゴールデンの時間帯にテレビ番組で取り上げてもらえることになり、いきなり火が付いたように売れ始めました。あっという間に在庫がなくなり、バーミキュラは1年待ちの人気商品となりました。その後愛知ドビーは2年で11億円から44億円に成長していきました。
夢でも偶然でもない!
PRが持つ可能性に“確信”
PRの力で世の中の役に立つと決心し起業
私はPRの仕事が好きで、もっと挑戦したい、もっと企業に、世の中に貢献したいと強く感じていました。しかし、会社の中では挑戦できる限界があることと、挑戦しながらも子育ても自分なりにコントロールして両立したい想いから、起業を決意しました。これまでに起業を考えたことはなく、あったのは「人の役に立ちたい」という想いだけでした。

なんとか自分でできることはないか考えたとき、フェイスブックやブログなど、SNSで認知を広げ、フリーランスで働く女性たちが目に留まりました。これなら元手もいらず、自分でもPRで、必要とする方のお役に立てるかもしれないと思い、さっそくブログを書き、SNSの投稿を始めました。自分の存在を知ってもらうため、必死にSNSを更新しました。初めてのお客様は、そんな私のブログを読んでくださった読者の方でした。
PRのコンサルティングを始めた当初は、とにかく実績を作ることを目標に無料で行っていました。するとお客様の口コミや、頂いたご感想を更にSNSで紹介することを繰り返しているうちに徐々に認知が広がり、お客様の数が増えていきました。個別対応では追い付かなくなり、講義形式の「PR塾」という形を取るようになりました。PR塾は期を重ねるごとにお客様のステージも変わっていき、全国から起業家、経営者、PR担当者が受講くださるまでに成長しました。2021年9月の29期まですべて満席で開講することができ、5年間で長期講座卒業生は約1,000名。PRセミナ一等でお話しをさせていただいた方々も累計5,000人を超えました。
〜起業家から経営者への挑戦〜
「利他の心」で世界に大きな感動をもたらせる集団に社名をLITAへ変更して事業拡大へ
PR塾に反響を頂く中、企業様から私に対しPRの案件をご相談いただく機会が増え、PR需要の大きさを日に日に感じるようになりました。情報が溢れる現代社会では、広告の効果はどんどん薄れ、SNSやPRがますます台頭していると実感していますが、この時「これからはPRノウハウを教えるだけでなく、世の中に大きな感動を巻き起こしたい。「自社が主体となってイノベーションを起こしたい」こうした感情が強くなり、企業との仕事を増やしていくことを決意しました。

案件の数が増え、お客様の事業も多様になっていく中、ある時「これからはチームの力で大きなことを成し遂げたい」という想いが強くなりました。それは、起業してからの5年で私は完璧な人間ではないということを知ったのと同時に、チームで動くことによってより大きな結果が出ることを何度も体験したからです。私一人では、できないところ、足りないところがたくさんあります。そんな自分が、より大きな感動を作り、社会へ貢献していくためには、1人ではなく組織を作り、拡大していくことが必要なのだと心を決めました。
2019年4月、会社名を株式会社LITAに変更して初めての社員採用を開始、組織化を進めました。社名のLITAは自己の利益よりも他者の利益を追求する“利他の心”に由来します。人や企業、世の中のことを思いやる“利他の心”が繋がらなければ奇跡は起こりません。「お客様への“貢献” つまり感動なくして、利益なし。」この強い想いを胸に「日本一社会問題をPRで解決している企業」を目指し、これからも挑戦していきます。
Our Slogan
「PRの力で、
未常識を常識にする」
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相談からプロジェクト開始まで少々お時間を頂戴する場合がございますのでご了承ください。